2008年4月17日木曜日

9条を世界のスタンダードにしよう(記者会見プレスシート)

「9条世界会議」に向かって

     4月25日山梨(北杜市)から9条ピースウォークがスタートします!
5月4日~6日まで、千葉の幕張メッセを会場に、「9条世界会議」が開かれます。日本国憲法の89条をテーマに、世界の平和をつくり出すために開催される初の国際会議です。山梨からも幕張に向けて、いよいよ歩き出します。

 KYという言葉がはやりました。このKYとは「空気がよめない」を縮めたものだと聞いた時、この言葉には日本の国を動かす「何か」が、大げさに言えば秘密が隠されているような気がします。それは「空気」とは何かということです。

 今の世の中で「憲法9条」の話をする人は通常はKY視される覚悟が必要です。これが何時頃からそうなったのか分かりませんが、以前は逆だったはずです。「9条を変えて軍隊を」という人がKYでした。その更に昔、戦中は戦争賛美が日本の空気であり、「戦争には絶対に負けない」ということに疑問を挟む余地すらない、という空気が支配していたのだろうと思います。ここでは強制とか命令が有っても無くてもある方向に事態は進んで行くのです。そして破局がやってきたのです。

 ある意味では憲法9条はそうした日本人の判断基準ともいえる「空気」の危うさから生まれたものともいえるのではないでしょうか。空気に支配される国が国際社会でどんな働きをするのかがはっきりしてしまったからには、それにかわる判断基準を持たなくてはもう日本はやっていけなかったのです。その基準が憲法であり、9条が表している「武力にたよらない国づくり」です。

 そうして曲りなりにも9条という基準をもって空気に判断をゆだねない日本がスタートしましたが、60年以上経って今を見ると、再び空気による判断に日本は身を委ねようとしているのではないかと、そんな危惧を私たちは持たざるを得ません。そればかりか世界の大国と言われる国々の判断基準が狂い始め、世界から戦争がいつまでもなくならない。それどころか、世界を破滅の淵に向かわせているともいわれています。

 とするなら、今の世界の情勢は、日本国憲法が生まれたと同じ意味で、9条を必要としているのです。9条は日本のスタンダード(基準)ではなく、世界のスタンダードとなるべき時代が来たということではないでしょうか。私たちはそうした観点から、今回の世界会議を新しい地球的な、そしてすべての人々の平和実現を、9条の精神で成し遂げる第一歩と位置づけて、あらたな気持ちで歩いて行こうと考えています。

あしならしピースウォーク6神田・蕪・清春編そして記者会見




小淵沢駅前を9:10に出発。長坂駅を目差して。途中の桜の名所などを巡って、何時に長坂駅に到着するか?2:30に甲府の県庁記者クラブで記者会見がある。それに間に合うようにという制約がある。1:15長坂駅到着が目標。途中、それほど無理もなく桜を堪能して予定より早く12:50にゴールする。(詳しくは「甲斐駒日和」の方でご覧下さい)
一人で甲府に向かう。こちらが5人に記者が4人の記者会見(共同、山日、朝日、UTY)。ちょっと寂しいけれどこんなものでしょう。それでどんな記事にしてくれるのかな?
9条問題に新しい光が当てられようとしているのだ、それが9条世界会議の意味なのだ。戦争をなくすることを真剣に考える時代が到来している。9条を世界のスタンダードにするというのも世界の人々の選択肢の一つ。いやそれしか選択の余地がないのかも知れない。そんな議論をすべきなのだと思う。そんな話をしましたがわかってくれたかな?

2008年4月12日土曜日

あしならしPeaceWalk6 日野春/新府編






4/12日野春駅に4人が集まって9:20にスタート。この日のルートは交通の激しい七里岩ラインを出来るだ避けて道を探しながら新府/桃の郷を目差すミステリーツアー。
前夜プリントアウトした(いつものiMacが壊れて苦労しました)かなり細かいグーグルマップを見ながら歩く。これがなかったらたぶん大変だったかも。でも道はかなり正確だけれど道筋の建物や施設などの情報が少な過ぎて、これに頼っていると結局迷うことになってしまう。(それも一度だけだったので上出来かも)
しかし、日野春から穴山の道はなかなか風情のある道。すももの花盛りで、木の手入れをする人以外はほとんど見かけない静かな田園。それ以外ではリースにするつるを採取する若いお父さんと3人の子どもに出会っただけ。
たどり着いた集落は若神子新町そして境之澤、重久。どこも見事な満開の桜。

穴山に入るとすぐ「お茶の時間」という小さな看板が目に入る。一度行ったことのあるパンのおいしい店だ。それにイラク反戦で関係の浅くない清水さんの奥さんがやっているお店でもあるし。ということでそこでお茶にしようと急遽決定。500mほど県道から奥に入ってお店にたどりつくが、なんと穴山駅前でやっている『桜祭り』に出店していてお店はお休み。二テーブルほどしかない小さなお店の扉から覗くと9条ピースウォークのわれわれのチラシとか9条世界会議の印刷物が置いてあるのが見える。心残りだけれど、駅には少し遠いから諦めて、次の新府に急ぐことにする。いまは校舎も残っていない穴山小学校跡。桜やつばきが見事に咲いているだけになにかわびしさが心に残る。

141号線に下る道を横断して少し坂を下がっていくと桃の花のピンクが目に飛び込んでくる。再び狭い道を登ると、そこは一面の桃の花。ピンクの絨毯を敷いたような丘がつづく。満開というより7、8分咲き。桃の花の間を散策する人やキャンバスを立てて絵を描く人も多く、かなりの賑わい。
もう12:30を過ぎている。けっこうお腹は空いて来たけれど、お昼は新府城址でということで、もうひとがんばり。最後の階段の250段がきつかたね。登るとそこは花びらが風もないのに舞下りてくる桜の森。一面の桃の畑の向こうに八ヶ岳が見渡せる場所で背中のリュックを降ろして、さあ食べるぞ、と。ない。リュックの中をかき回すけれど、持って来たはずのおにぎりがない!そんな馬鹿な、と思ってもないものはない。まさにトホホ…。
しかし、いっしょの皆さんがご自分の食べる物をさいて、トホホのわたしにお恵みくださいました。食べ物のご恩は忘れるものではありません。あるがとうございました。

なんとかエネルギーも補給ができて、ゴールの新府駅に2:07分の電車が入る寸前に到着した。道を探しながらのウォークはなかなかいいもんです。このルート、なかなか素敵ですよ。また来年歩きたいですね。

2008年4月10日木曜日

ワンコインで支えて下さい


              鈴木典子さんのTシャツイラスト


「9条世界会議」と山梨の9条ピースウォークを広げ、
成功させるために みなさんのお力を!

賛同署名のお願い     

来月5月4、5日と千葉・幕張メッセを会場に、「9条世界会議」という大きな催しが開かれます。この会議は大変画期的な意味を持ったものだと思います。なぜなら、日本国憲法9条をテーマにした国際会議は今まで開かれてこなかったからです。従来、「9条をどうするか」、「改憲か護憲か」という議論は、なにか国内問題として語られ、そこに収斂していく閉塞感から逃れられないところがありました。しかし、世界の広がりの中でとらえ直してみると、これまでと違った9条の姿がみえてきます。
それは一言でいえば「9条を世界のスタンダード(標準)にしよう」ということです。9条を輸出しようとか、世界遺産に、というのとは違って、9条を世界標準にするわけですから、軍隊をもたないことが当たり前となる。まさに戦争のない未来への出発点としようという考えです。それが日本人以外の世界の声となって日本にやってくるのですから、9条は世界史的な転換点に立っていることに、私たちも気づく時なのではないでしょうか。

すでに、「9条世界会議」に向けたプレイベントとして、2月24日に「平和への祈り」を込めて広島からピースウォークがスタートしました。山梨からも、この想いに応えて、ピースウォークで歩いていこうと、数人で準備が始まりました。しかし、準備の過程で、この会議や山梨の動きが、あまり知られていないことや、「9条の会」などとの連携がない、といった反省も出されました。まだまだ力、資金不足です。多くの人たちの賛同や広がりを得て、山梨から力強くスタートするために、ぜひ、力を貸してください。急ですが、みな様のご意見やサポートをお願いしたいと、下記の要領で会合を持ちたいと考えています。併せて、今回の「山梨9条ピースウォーク」に賛同していただける個人、グループ、団体を募りたいと思います。賛同金として、1口500円(何口でも)、お願いする次第です。お忙しいなか恐縮ですが、取りまとめのため4月13日までに返信いただけると助かります。
ひとりでも多くの方が参加し、賛同してくださることを期待しています。
記
日時:4月10日(木) 午後2時より    
場所:北杜市高根図書館2階 視聴覚室
  

賛同人申し込み先FAX 0551-20-7263
■個人名                                
■グループ・団体名                      
■お名前をチラシやブログに掲載   可   不可 (いずれかに○)
■賛同金      口       円
郵便振替口座 00250-0-114776 久松重光
■連絡先                            
呼びかけ 市民ピースネットワーク山梨 
    「9条世界会議」甲州勝手に歩き隊  
        久松重光 田中美砂 金野奉晴 中山百合
        田辺欽也 森井雅子 はるきよしあき       

ピースウォーク5白州武川編


4/9 白州道の駅から何カ所か桜の名所を歩いて巡りました。正確には分かりませんが11か12kmほどの割合平坦で変化のあるルートでした。
真原の桜並木にはクルマが、実相寺の庭は年々人があふれるばかりに増えています。これはなんとかしないと酷い事になりそう。クルマはすこし離れた場所に止めて歩いて桜を楽しみましょう。
文章よりも写真でご覧ください。

http://web.mac.com/halunet/iWeb

2008年4月6日日曜日

あしならしピースウォーク4明野編






4/5 9:10ごろ明野総合支所をスタート。どんどん坂道を登っていく。やっぱり明野は暖かいんですね。学校とか町の施設に植えられた桜並木が見事に開花している。花爛漫のタイトルがやっと叶った5分咲き。明野は茅が岳ののびのびした裾野にひろがった農村。八ヶ岳、南アルプス、そして富士山の眺めがどこからでも見事なパノラマを見せてくれる。山の展望では日本でも屈指の場所なのでは、とここに来るたびに思う。
昔の太陽館や県立フラワーセンター(今はハイジの村というらしい)のあたりまで登り詰めるとあとは水平の道を八ヶ岳方向に進む。
明野でもう一つ目立つのは立派な公共の近代建築。それはボクの住む小淵沢の公共施設のみすぼらしさになじんだ目には何かまぶしい。それに管理も行き届いている気もする。これはなぜ?
梅の木遺跡で案内の人と待ち合わせた時間が10:30。のんびり歩きでは危ないというんでピッチを上げてひたすら歩く。なんとか時間通りに現地に到着。埋蔵センターの佐野さんもほとんど同時。すぐに遺跡の説明が始まる。汗ばんだシャツが寒風にさらされて冷たくなっていく。途中で暑いからと脱いだ上着を着直せばいいんですが。(ビデオを撮るとなかなか止められないサガ?でしょうか)でも眺望がいいだけに吹きさらす冷たい春風には降参。
とはいえ佐野さんの滔々としたお話はとても興味深く楽しいもの。今は保存のために土で覆われていて何も見えないけれど、その場所に立って聞くと縄文人の生活が目に見えてくるから不思議。縄文以後のこの場所でどんな人間の営みが繰り広げられてかという、今につながる物語になっている。
その頃から地球規模の温暖化や寒冷化がこの地域の歴史に大きな影響を与えているという。近頃の「温室効果ガスによる地球温暖化」が何かうすっぺらい作り話に見えて来たから不思議だ。それよりも問題は化学物質や核廃棄物による地球の汚染がなのでは?それを隠すための作り話のような気がしてならない。
そして説明が終わっても、ボクらの心には梅の木遺跡のすぐ奥の谷間をえぐって作られている産廃の最終処分場が、この村の、そしてこの地域の負の遺産としてこの、地に住む人々を将来も傷つけ続けるという物語に続いていく。
遺跡の一部にはゴミ捨て場も見つかっている。ゴミ捨て場といっても今の人間が考えるものとは全く違うのが面白い。たぶん壊れた土器などが埋められた場所。人間も埋葬されていた。
ゴミ捨て場には人間の生き方が凝縮されるのかもしれない。
もう一つ、梅の木遺跡には関係しないけれど、この辺りの巨摩という地名にちなんでのこと。寒冷化で農業ができなくなった時代に、大陸の騎馬軍団に対抗して日本でも大規模な騎馬軍団をつくるために、内陸の甲州や信州には大きな馬の牧場がつくられ、それが明野や八ヶ岳の麓に広がっていた。馬は大陸からの亡命者と一緒に日本に運び込まれ(日本には馬がいなかった)、その馬の飼育や騎馬軍団としての訓練をするためにこの地に派遣されて来たのが高麗の人々だった。後にこの人たちは今の埼玉県の高麗村(現在は合併して日高町の一部に)に移り住む。彼らはそうした馬を扱う特殊な技術者集団だったようだ。
帰り道はひたすら裾野を下るばかりで、登りの半分の時間で出発点に戻ったような気がする。1:30総合支所にて解散。案内して頂いた、対策協の篠原出さん、処分場の現在とこれからの問題点を説明していただいた小松原さん。北杜市の教育課職員佐野さん。いろいろ手はずを整えていただいた明野の皆さんには、大きな声で「ありがとう!」といいます。

2008年4月4日金曜日

あしならしウォーク3大泉清里編


4/3は3回目のウオークでした。甲斐大泉駅に集合して清里駅にて解散。
途中、吐竜の滝から急なのぼりに根を上げそうになった人もいましたが、のんびり高原の春の寒さを楽しむ気持ちのいいウォークになりました。「甲斐駒日和」に写真をアップしていますのでご覧あれ。
小淵沢のペンション「風路」さんのブログにも記事がでています。

皆さんの参加をお待ちしています。